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2026/04/20 (月) 12:00

【前編】『風俗は究極の社会貢献』を証明する。E+グループ会長が目指す風俗革命に迫る

【前編】『風俗は究極の社会貢献』を証明する。E+グループ会長が目指す風俗革命に迫る

『E+グループ(イープラスグループ)』オーサーインタビュー【前編】

企業理念として『常識を変え、風俗を究極の社会貢献として位置付ける』を掲げる『E+グループ』。そんなE+グループの創業者のN会長に、幼少期から『日本一宣言』までの軌跡を聞きました。
後半ではヘブンネット会員からの質問にも回答していただきました。

[東京]E+グループ会長
Nさん
デリヘル(スタンダード/錦糸町)
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ジョブヘブン特別企画オーサーインタビュー第二段
※私たちが「オーサー」とお呼びするのは、風俗業界に深い知見と影響力を持つ有識者です。

仲間を集めて三輪車で隣町まで行った少年時代

 JH編集部:さっそくですが、Nさんの生い立ちからお伺いできればと思います。子どもの頃はどんな性格でしたか?

Nさん:リーダー気質でやんちゃでした。幼稚園のとき、仲間を集めて三輪車で隣町まで行ったんですよ。日が暮れて帰れなくなって、見つけた運送会社の人に自分が交渉して家まで送ってもらいました。そしたら家の前にパトカーが何台も止まってて(笑)。誘拐騒ぎになっていて両親に激怒されました。
その時の反省は、日没の時間を計算に入れてなかったことですね。

両親によれば、当時の自分は公園の遊具に人気の偏りがあるから、みんなが平等に遊べるように指揮を取って遊ぶ順番を決めてたらしいです(笑)

JH編集部:当時から、マネジメント的な思考があったんですね。

「モテ」を目的に全力で走り続けた学生時代

 JH編集部:学生時代はどう過ごしましたか?

Nさん:正直に答えると、『モテること』を最大限意識して過ごしました(笑)
それが人生の最優先事項で、年代によってモテの基準が変わるのに気づいて、それに合わせて戦略を変えていたんですよ。小学校では足が速い奴がモテるみたいな(笑)だから中学校、高校では部活で成績を上げる奴+ちょっと悪い奴がモテると判断しました。

JH編集部:具体的にはどんな取り組みを?

Nさん:高校では、陸上部に入部しました。陸上部を選んだ理由は、優勝した時に全校集会で1人で表彰され、女子の注目を集められると思ったからです。
花形の100mをやっていました、インターハイにも出たんですよ。でも、『ちょっと不良グループにいた方がモテるな』と判断して、部活が終わったらすぐパーティに行く。寝る時間も惜しんで”モテ”を追いかけました。異色な高校時代ですね。陸上の方は、オリンピックにも出るんだと頑張ってました。
ただ、最後の大会前に怪我をしてしまい、道が閉ざされてグレましたけど(笑)。その怪我がきっかけで、部活と陽キャ生活の両立から、陽キャの世界に全振りしました。

そして大学時代はパーティ、クラブ、パラパラに明け暮れて、複数の彼女を作ってヒモ生活をしていました。授業は一回も出ませんでした。

JH編集部:”モテる”という目標達成のために、全力だったんですね(笑)
そんな学生時代に何か得たスキルはありますか?

Nさん:「女性のプロデュース能力」です。
高校生の頃から付き合っていた子がいて、その子を「週刊誌の女子大生浴衣コンテスト」にプロデュースして応募したんですよ。
浴衣が似合う=黒髪だよな、という戦略で髪を黒く染めてもらったりして、完全フルプロデュース。結果、グランプリを獲得してハワイ旅行の副賞ももらいました。

そのとき気づいたんです。「女の子をプロデュースする才能があるな」と。今の仕事に活きている経験ですね。

内定辞退から“やるしかない”経営へ

 JH編集部:大学卒業後の進路は何を選びましたか?

Nさん:子どもの頃から大の車好きだったので、大手自動車会社を受けて内定をもらいました。
でも、スピード違反で免許を取消しになっちゃったんです(笑)
それで内定を辞退することになって、就職の道が完全に断たれました。
その時に「起業するしかない」と決めたんです。やむを得ない状況でしたが、逆にそれが良かったと思います。

縁もゆかりもない街で一番を目指す、挑戦と失敗の創業期

 JH編集部:なるほど、それがE+グループの始まりだったんですか?

Nさん:はい、2008年に最初のお店を錦糸町に出店しました。これがE+グループの始まりです。

JH編集部:なぜ錦糸町を選んだのですか?

Nさん:理由はシンプルです。
ずっと1番が好きなので、どうせやるなら"地域で1番になれるエリア"と思って選びました。
新宿、渋谷、池袋は競合が多いと判断して、縁もゆかりもない街ですが錦糸町で1番になることを決意しました。

このお店は、当時仲が良かった5人の仲間たちと立ち上げました。当時はシティヘブンのことも知らなくて、風俗の宣伝方法を何も分からない状態でした。唯一知り合いが勤めている雑誌に掲載してもらったり、勢いでお店をオープンした分本当に手探り状態でした。

JH編集部:立ち上げ直後は順調だったんですか?

Nさん:いや、大失敗ですよ。デリヘルビジネスを甘く見ていました。
夜21時くらいまで電話が鳴らないこともありました。お酒を飲みながら仕事したり...本当にぐだぐだな状態でしたね…。
そんな状態じゃスタッフのモチベーションも上がらない。当然ですよね。

JH編集部:そこからどうなったんですか?

Nさん: 立ち上げから3年目の2012年、創業メンバー5人のうち1人を除いて全員が辞めました。
"限界"を痛感しました。
そこからが、実は一番長い時間をかけて組織を再構築した時期です。
他グループで働く方と交流する機会を増やし、情報交換をしてつながりを増やしました。
そして2015年に今の事務所に引っ越して、メンバーを増やして、お店の立て直しに着手しました。
ここから本格的に「企業として成長させよう」という意識が出てきた時期ですね。
でも正直、この時点でも自分の経営方法が本当に合っているのか、わからなかったんです。ぼんやりとした確信で経営していただけ。

世界がどうなろうと、人間の根源的な欲求はなくならない。

 JH編集部:そこからは順調に進みましたか?

Nさん:2020年に大きな出来事がありました。新型コロナウイルスの流行で全店赤字です。立ち上げから12年、失敗と再建を繰り返してようやく安定した矢先、一瞬で潰れるかもしれない危機に直面しました。
幹部全員で集まって、「ここは一旦畳むか?別のことやるか?」という選択肢も検討していたんです。
正直、12年かけて作ったものが終わるんじゃないかという恐怖心がありました。

JH編集部:あの時は業界全体が不安に陥ってましたね。
今でこそ都内トップクラスのグループですが、どうやってここまで立て直せたんですか?

Nさん:実はコロナ禍で、国が人との接触を控えるように言っている中でも、来るんですよ、お客さんが。「…やってますか?」って(笑)
その時に気付いたんです。
世界がどうなろうと、人間の根源的な欲求はなくならない。不況だろうが、何が起ころうが。
でも、それだけじゃ足りなかった。なぜ自分たちは存在するのか。何のためにこの仕事をしているのか。今まではその「大義」がなかった。
その答えが、翌月の黒字化で見えてくるんです。

JH編集部:当時のあの状況で黒字化?!驚きです。

2020年、コロナ禍でE+グループは全店赤字に。
12年かけて築いてきたものが、一瞬で崩れかねないそんな危機に直面しました。
ところが、その翌月。グループはまさかの黒字化を果たします。
いったい、何があったのか。
後編では、E+グループがV字回復を遂げた理由、現在の組織を支える考え方、そしてNさんが語る“起業家の養成所”としてのビジョンに迫ります。
インタビューは後半に続きます。

オーサーが回答!ヘブンネット会員からの質問[前半]

ヘブンネット会員から業界の有識者(オーサー)への質問を募集しました。その中から選ばれた質問に、Nさんにお答えいただきます。

Q:女性キャストに信用されるスタッフってどんな人ですか?

Nさん:これは遊び人、モテる人間ですね(笑)
外でしっかり遊んでるから、女性キャストに変に執着しない。
女性や風俗に慣れてる人のほうが信用できると思います。

Q:定年(60歳)後も働けますか?

Nさん: うちは定年を設けていません。
実力さえあれば、いくつになっても働けます。
年齢だけを理由に「もうダメ」ということはないですね。

Q:休日や福利厚生は、一般的な会社と比べて違いはありますか?

Nさん: かなり一般企業に寄せています。
風俗業界の常識を変えたいので、働く環境もちゃんと整えています。
福利厚生で特に好評なのが、3カ月無遅刻・無欠席でオーダースーツがもらえる制度ですね。最大で年4着ゲットのチャンスがあります。
さらにスーツだけじゃなく、ベルトや靴も対象です。
働きながら自然と身だしなみもレベルアップしていきます。
スタッフは全員スーツ着用で、夏はクールビズを導入しています。

インタビュー後編は後日配信されますのでお楽しみに!

取材・文:はらみ(ジョブヘブン編集部/人材・求人コンテンツ担当)

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