
薄汚れたスラム街で、私は産声をあげた。 いや、物心ついた時にはもうそこにいた、と言う方が正しいかもしれない。 肉親の顔も、温もりも知らない。 ただ、私を「育ててくれた」のは、酒に溺れた中年の男だった。 彼は私に、まるで機械のように仕事を与え、稼いだ金はすべて酒代に消えた。 仕事で失敗し、金を持ち帰れないと、激しい怒声が飛んだ。 意識が遠のくほどの暴力に、私は何度も耐えた。 それでも、唯一、彼を尊敬していた。 「人に迷惑をかけるな」。 その言葉だけが、この地獄のような日々を生き抜く、唯一の光だった。 彼の言葉だけは本物だと、信じていた。 しかし、その信仰は、一瞬にして打ち砕かれた。 ある日、私は柄の悪い同僚に絡まれ、死を覚悟するほど殴られた。 その時、偶然通りかかったのが、あの男だった。 目が合った。 彼は一瞬、私を見た。 だが、すぐに視線を逸らし、何もなかったかのように通り過ぎていった。 私は悟った。 「人に迷惑をかけるな」という言葉は、自分に降りかかる面倒事を避けたいだけだったのだ。 私を看病してくれたのは、隣に住む見ず知らずの老人だった。 血の繋がりも、育ての恩も、そんなものは何もなかった。 ただ、そこにいたのは、自分しか愛せない男だった。 心の奥底で、何かがプツンと音を立てて切れた。 その夜、酒に酔い潰れて眠る男に、私は無心でこん棒を振り下ろした。 何度も、何度も。 やがて男は動かなくなり、その体温は、私から急速に失われていった。 その時、冷たくなった男の手を握りながら、私は確信した。 人生は、他人が何とかしてくれるものではない。 親も、境遇も、選ぶことはできない。 信じるべきは、己のみ。 その夜、私は街を出た。 自分が何者なのかを知るために、そして、私だけの人生を歩むために。